元保健所職員の新型コロナ対応奮闘記③

疫学調査編

全数把握をやめたら
 8月にコロナ陽性患者になった知り合いに、生命保険の申請が出来るはずですよ、とお伝えして、私が代理で横浜市に療養証明書の発行を電子申請しました。すると送られてきたものは、郵送ではなく、メールで患者名、生年月日、医師から届が出された日付のみが書いてあり、当然メールですので、公印省略とされていました。私が担当していた時は、発症した日、陽性判定した日、療養を終了した日まで記載して、保健所長の印鑑を押して郵送していました。これが数百件溜まるという状況が生まれていた訳です。

 調べてみると、今はハーシスという全国統一の患者登録システムから、本人のスマホなどで罹患したことが画面表示でき、それをプリントアウトして保険請求も出来るように変わっていました。これはすごく便利です。当時私は、公印省略をしても良いのではないかと主張しましたが、一蹴された記憶があります。

 さらに、全数把握をしなくなったので、8月30日付、厚生労働省の依頼を受けた金融庁が生命保険協会等に「保健所の負担軽減策」を要請しました。保険金請求に療養証明書を保健所に求めず、例えば、保健所と陽性者がやりとりしたメールの写し、自治体が設置しているフォローアップセンターの受付結果(SMS・LINE等) などでも可として下さい、という要請です。これでは生命保険会社としてはコントロール不可能な状態です。

 そこで大手生命保険会社は、9月26日から保険金給付対象を高齢者や妊婦などに限り、65歳未満の軽症者は外すと発表しました。「全数把握」を辞めた結果が、すぐに表れた格好です。当時相談を受けたケースには「早く療養証明を貰わないと保険請求が出来ず、コロナで休んだ分の給料が減っていて、来月の家賃の支払いにも困っているのです」という方が居ました。今でもコロナにかかると仕事を休むことは変わっていません。療養期間を短くしたから我慢しろ、という事なのでしょうか。こういう時にしわ寄せが来るのは、時間給の非正規労働者であり、保健所が楽になったから良かった、だけで済ませてはいけないことだと思います。

保健所の各セクションで奮闘

「積極的疫学調査」

 陽性者への対応
 疫学調査として患者さんに聞く内容は、①患者の行動(感染経路)を発症日から2週間遡ってつぶさに聞くこと、②家族などの濃厚接触者を特定して検査案内(検査予約を含む)をすること、③患者本人の処遇(自宅療養、施設療養、入院のどれか)を決定すること、になります。積極的疫学調査の目的は、集団感染の全体像や病気の特徴などを調べることで、今後の感染拡大防止対策に役立たせるためですが、コロナ陽性者への電話は、それに加え、今後の対応を決めどういう生活をしてもらうか等を、説明するものです。

 当初は、患者の行動について、イベントに参加したか、どこで誰と食事をしたか等、細かに調査をしていましたが、数が多くなるにつれ簡略化され、本人や家族等の重傷化リスクに重点が置かれるようになります。本来の積極的疫学調査は、続けることは出来なかったということです。

 濃厚接触者については、家族であればどんなに大きな家であっても、別居していない限り濃厚接触者に判定をします(トイレや風呂は共用で、同じ空間に一緒に居ないことは考え難いから)。したがって、すぐに検査を受けてくれということになり、濃厚接触者の自宅待機要請もします。ここで「子供は明日大学受験なので何とかならないか」という話しになり、大学等で独自の試験の工夫もありますが、家族も必死で、保健所が許可してくれたと学校に言いたいため、話は簡単に終わらなくなります。

 処遇については、ご本人からよっぽど具合が悪いという訴えが無い場合は、すべて自宅療養となります。病院や施設は逼迫していました。自宅療養者には、神奈川県が送る血中酸素濃度測定器や、ライン登録をして症状を入力すること、AI電話に出てプッシュホン操作をすること等、パンフレット記載のとおり実施してください、と説明をしていました。疫学調査というよりも、注意事項説明の電話です。もちろんご家族との接触についての、注意事項等の指導はありますが、基本的に伝えることは、何月何日まで注意事項を守って本人ならび家族は、自宅で待機してください、と通告する役割です。

 自宅療養のケースで「受験生が家にいるので絶対うつせないから施設に入れてくれ」「おじいちゃんが呼吸器疾患があるから施設に入れてくれ」「防衛大学の生徒なので官舎の構造上集団感染するから施設に入れてくれ」という話が出てきます。当然そうしたことも配慮して処遇決定をしますが、判断が難しいケースも多々あります。また、神奈川県は自宅療養者に配食サービスを行っていましたので(今はやめています)、食事の必要の有無も確認します。欲しいと言われたケースに手違いがあり、ご本人に届かなかったことがあり、その時は相当怒られたと聞いています。食べ物の恨みでしょうか。

 施設療養は横須賀市内の湘南国際村という場所に設置されていたため、市民は希望する方が多かったように感じています。施設療養はかなり自由が奪われる過酷な状況のようです。近所の高級洋菓子屋さんが時々差し入れをしてくれるなど、入所者を喜ばせているという話しを聞きました。どうにも我慢が出来なくて、近所のコンビニに買い物に行って怒られていた方も居ました。

 入院については、市内の大きな病院が一定数を受け入れてくれましたので、地域的には助かっていたと感じています。ただ、重症患者が多い時には、重症者に対する処置のための医療機器(エクモ等)に限界がありますので、小田原の病院に入院せざるを得なかった市民もいらっしゃいます。

 施設療養と入院では、ひとり暮らしでペットを飼っているというケースがあります。その時はペットの処遇も検討しなければなりません。ですが、患者はペットが可哀想と言って入院を拒むことが多いので、それを説得するのが保健所医師の仕事になります。ペットを預かってくれるところに運ぶのも保健所の仕事です。また、自宅から施設や病院への救急車の手配も保健所の仕事になります。民間救急という会社が、24時間対応で、保健所からの電話一本で、フル装備で迎えに行って送り届けてくれます。私たちにとっては頼もしい存在です。ただし、その料金たるやびっくりする金額で、一回10数万円です。患者に要する費用は、最終的には国からの包括支援金で支払われるのでしょうけれど、一旦市が支払うために、横須賀市の予算を年度の途中で、補正予算として市議会に承認してもらわなければなりません。そうした裏方の業務量も相当な量です。

疫学調査の内部の様子は
 市民が陽性者と判定され、その情報が入って来た時点で、疫学調査はスタートします。その経路は、①横須賀市の電話相談窓口からPCR検査に行ってもらいPCRセンターから保健所に陽性連絡がある方、②市内各医療機関に自ら受診してクリニック等で検査をして陽性になった方、③他都市から横須賀市民が東京のクリニックで検査したら要請でしたと連絡がある方、このパターンで陽性患者を把握します。

 当然、2類相当感染症ですので、急を要する対応が求められるわけですが、一日で処理しきれないという状況が起こります。そういう方を持ち越しと呼びました。始めのうちは、その日に情報が来たものはその日のうちに処理することを原則としていましたが、それが現実的に不可能となってきて、翌日にスタートすることになったのですが、単純に一日ずれるだけですので、業務の改善とはなりません。

 ①のケースは、保健所と関係機関の中だけで完結しますので、一番単純で間違いは起こり難いパターンです。それでもPCRセンターを運営する病院が、ハーシスへの入力が遅れているという事は、病院の事情で起こります。②は市内クリニックが、先ほどの全国統一患者管理システムのハーシスに入力するか、または手書きファックスの発生届を保健所に送信することによって行われます。ファックスですと、手書きなので名前の字が読めない、生年月日が間違っている、発症日と陽性判定日が逆になっているなどが多々ありました。もちろんハーシスでの入力ミスもあります。③は東京のクリニック(〇〇たんクリニック等)が東京の保健所に連絡しますので、情報が直接ではなくなります。本来は全国情報共有することを前提にハーシスは開発されたと思いますが、当初はそうはなっておらず、見られる範囲が限定されていました。東京の23区保健所は、私たちよりも患者数が多いことは明らかで、到底処理できる数を超え「この人は横須賀市民だから横須賀の保健所に連絡しなければ」ということが出来なくなり、私たちに情報が来ないということになる訳です。

 結果市民からすると、検査したところから「陽性なので保健所から連絡がありますよ」と言われたのに、待てど暮らせど何にも連絡が来ない、横須賀の保健所はさぼっている、という事になり、相談センターに苦情の電話が入ります。

ハーシスのトラブル
(厚生労働所のシステムで2020年5月よりスタート)
 疫学調査を行うのは、保健所の職員だけでは到底足りず、横須賀市役所中から動員をかけて、朝から保健所に集合していただいていました。おおよその患者数を想定して、何班の疫学調査班を作るか前日に決め、動員要請をするのです。曲りなりにも、ハーシスの情報が①を除きすべての情報元ですので、ハーシスから新規陽性者のお名前や電話番号を出力します。ところが、朝市役所中から職員がやってきて、さあ始めましょうというときに、ハーシスが止まってしまうという事があるのです。厚生労働省に問い合わせると「東日本で調子が悪いようだ」と、個々の問題でなくシステム障害が広範囲で起きているのです。私たちに手出しは出来ません。そうすると動員されてきた職員は待機するしかなく(保健所は出先機関で本庁舎とは二駅離れています)、すぐに復旧するだろうと思っていたら、午後までダメだったという事もありました。午前中待機していただいて、13時に復旧していなければ、仕方ないから職場に戻って貰いましょうなど、保健所の職員は右往左往です。

 クリニックの院長も同じで「ハーシスの調子が悪いので入力が出来ない」という電話もあります。保健所の緊急携帯電話というものがあり、私も当番で24時間対応で持たされましたが、夜中の2時にクリニックの院長から入力できないのだけど、という電話をいただいたことがあります。さすがに「システム障害ですので、明日にしましょう、先生寝てください」とお伝えしました。 つづく