元保健所職員の新型コロナ対応奮闘記④

勧告編  障害年金、成年後見、遺言、親亡き後の社労士/行政書士の奮闘記

第7波が終わり 
  今日2022年11月29日は第8波の最中ですが、政府はコロナウイルス感染症を2類相当から5類への移行検討を明言しました。これは、感染者隔離の根拠となっている入院勧告や医療費の公費負担、ワクチンの無料接種など特例的な措置の見直しも含まれる検討です。私は、第7波から行政の考え方が大きく変化したように感じています。「全数把握」をやめ、まず様子を見て、社会の混乱がさほど無いという事を確認した上で、保健所の指示(入院先の手配をしてもらう)での入院をやめ、入院させるか否かは個々の病院の判断、医療費も保険負担、ワクチン接種も有料にするという流れではないかと感じています。エビデンスにもとづき議論がなされるとは思いますが、このことにより、入院し難くなったり、経済的理由から受診や接種を控えるという事にならないか、その結果、重篤患者が見逃されてしまうことは避けなければなりません。 

 横須賀市保健所において、第7波の最中に、「その2」(2022年10月号)で書いた「帰国者接触者相談センター」が保健所内から出ていきました。横浜にオフィスを借りそこに電話回線を引いて、スタッフは今まで来てもらっていた派遣労働の看護師のみにして、電話をかける市民からは外観の変化が無いように引っ越しをさせた訳です。当初は東京にオフィスを借りようとしていましたが、看護師さんたちがさすがに通えないと言って、横浜に落ち着いたようです。時々は保健所職員も横浜に出向くようですが、基本的には派遣のスタッフにすべてお任せするという事になります。  

 横須賀市の記者発表資料には、帰国者接触者相談センターの名称変更として、「10月1日より、当該名称を『横須賀市コロナ受診相談センター』に変更します。受付時間、電話番号等は変更しません」とされていました。医療機関受診に関する相談数が多いとは思いますが、名称的には守備範囲を少し狭めた感があり、私が居たときからは相談内容もシンプルにはなっているのでしょうけれど、保健所には後から難しい相談のみ電話が回ってくる事になりそうです。 

 横須賀市役所のコールセンター(市役所の相談電話窓口で、どの部署が担当なのか分からず、市役所に相談したいときの電話)が、遠方の他県(最低賃金が首都圏より安い地域)に開設され、市民は横須賀市役所に相談しているつもりで電話をかけます。もちろん手に負えない相談は、コールセンターから市役所の担当課に電話が回ってきます。市民からの相談の手前の段階で、まず交通整理をする感じです。 

 コロナ感染症の相談も、まずは最初の話を交通整理して、受診先を案内する等は大体解決するだろう、難しいことは保健所に回し、後から対応するという方針でしょう。ワンクッション入れることが、感染症対応の現場で行われる事に対し、私は少し違和感を覚えています。 

保健所の各セクションで奮闘
「入院勧告等の公的書類作成部門」 

 陽性者の人権を制限
 最も保健所の公権力を行使する業務なのですが 
横須賀市保健所ではこの部門を「勧告班」と言っていました。この部門は感染症法にもとづく、陽性患者に対する各種書類を通知する業務になります。今回の新型コロナ感染症は第2類感染症の対応をせよということで、結核患者発生の手順を下敷きにスタートしました。2類感染症と言っても結核以外の経験はありません。横須賀市では年間10件程度の患者発生しかない結核の事務処理を、新型コロナ感染症に持ち込んだ訳です。 

 まず陽性者を把握したら「就業制限通知書」を発送し、その方が10日間の自宅療養を経過して、完治で仕事に出ても良いとなったら「就業制限解除通知書」を発送します。その方に入院が必要となった場合は「入院勧告書」を発送し、3日後に「延長通知」、さらに長引く場合は10日後に「再延長通知」となります(その後も10日延長の都度)。さらに治療費は公費負担で入院治療費が概ね無料となるため「公費負担申請書」「課税額の確認」というややこしい文書を発送します。これは感染症法により、陽性患者に対し事態待機せよ、入院せよという命令通知で、いわゆる人権の制限を課す、大きな公権力を発する手続きなのです。社会にコロナウイルスを蔓延させないために人権を制限する、ということです。その手続きには、単に保健所内の上司の決裁だけではなく、感染症審査協議会という外部医師で構成される協議会に諮問をして協議していただくということになっています。結核では対面の会議で諮問していましたが、コロナでは毎日の事ですので「ファックス審査」という名称の、メールのやり取りで済ませてもらいました。 

 ところが、毎日患者が大量に発生している状況では、まず書類を作る作業が間に合いません。途中から外部業者に委託して、データを送付して書類の印刷発送の部分のみ行なっていただくようになりました。ですが、単純にデータ送付という訳にはいかず、どうしても途中の過程で、漏れと遅れが生じてしまいます。そもそもの患者発生データが届いていない、協議会での確認漏れ(報道発表の患者数とズレがある)、業者とのデータのやり取りのミス等、細かなミスはどうしても起きていました。その都度、謝罪の文書を添付したり、協議委員に電話したりという作業がつきまといます。 

 こうした状態ですので、一番困惑しているのは患者さん本人であろうと思います。よくお電話をいただいたのは、とっくの昔に退院して、普通の生活を送っている方に、入院勧告書であったり、就業制限解除通知が送られて「どういう意味ですか」と質問をいただきました。中には怒っている方もいます。どうしても書類が遅れてしまうことは避けられないため、いっそのこと書面で送らなくて良いものは出来るだけ止めましょう、という提案を当時はしておりました。市によっては早くから一部の書類の送付を止めていたところもありました。現在は全数把握ではないので、かなり書類発送は少なくなっているようです。 

 また、医療費の公費負担という制度も複雑です。入院した方の所得に応じて、負担額が変わるため、その方の所得調査が必要になるのです。横須賀市民であれば保健所が同意を得たうえで所得を把握して、額を決定することが可能ですが、他市の市民が横須賀市内の医療機関に入院すると、横須賀市保健所の担当となり、自らが課税証明等取得して提出して貰うことになります。この書類はややこし過ぎて、なかなか提出いただけないものとなっていました。最終的には公費負担せざるを得ないのですが、全国的に困っている案件だと思います。

療養証明書の発行 
 私が一番関りが深かった証明書が「療養証明書」で、神奈川県庁や他都市の方と相談しながら進めていました。この書類は法に規定するものではなく、生命保険会社への保険請求、勤務する会社(労災申請の手続きもあります)への提出等、感染症法外の書類です。厚生労働省は保健所の負担軽減のため、こういう証明を出来るだけ求めないでくれ、就業制限通知書等の感染症法の通知書類で代替して欲しい、と通知しておりましたが、なかなか簡単に変わることは難しいものでした。患者本人から「保険会社から保健所に出して貰って、と言われた。会社はそれではダメだと言っている」と言われれば、断ることは出来ません。今の世の中、生命保険に多くの方が加入し、入院特約が付いているものが殆どです。したがって、この療養証明書の発行にはかなりの時間を要する事になりました。溜まっている件数が数百件という状況が発生しましたが、神奈川県庁や他市の溜まっている数を聞いて、まあ普通なんだ、と安心もしました。 

 どうしてそんなに受付したものが溜まるのかですが、患者さんはコロナ陽性になったと言われ、お仕事を休みます。その間薬を飲むでもなく、自宅で待機しているだけで、大体は終了となります。そこで、会社に出勤したり保険請求したりとなる訳ですが、そもそも陽性患者の届が出されていない、というものが一番厄介でした。本人は発熱し、かかりつけ医や保健所に電話で相談する、すると、それはコロナだねと言われる、本人はそう言われたのでそのまま受診もせずに10日間が経過する、というパターンです。自分で抗原検査キットを買ってきて陽性反応が出て、保健所に電話したらコロナですね、と言われたので自宅から出なかったというパターンもあります。そもそも陽性患者としての届出はしていないのですが、保健所にかき集められた部外の職員がたまたま電話に出て、そういう風に説明することは十分に考えられます。そういう場合には、一方的に「発行出来ません」とするのではなく、保健所職員が実際に自宅待機された状況や発熱や自主検査の状況を確認して、「自宅での療養は間違いない」という証明を発行していました。そもそも、単純に医療機関が届を出し忘れていた、保健所のファックス受理が出来ていなかった、ハーシスの入力ミスではないかと思われるもの、届がある患者であっても、名前が違う、発症日が違う、療養の期間が違うということがかなりあり、その場合はご本人に電話で一人ずつ確認して証明書を作らなければなりません。ですが、もう日中は会社で普通に勤務されている方ですので、夜になってから電話することになります。メールやショートメールで連絡を下さいと言ったり、留守電に入れたりします。ようやく郵送しても、郵便が届かずに保健所に戻ってくることも多数ありました。また電話して「表札を出してください」とお伝えします。特に、自衛隊の方の住所は複雑で、○○部隊まで書かないと届かないとか、艦船の乗組員ですでに横須賀に居ない(海外の船の上)等、様々です。 

 現在は、マイハーシスという全国統一アプリで、画面に映し出された画像をプリントアウトする(印鑑省略)等で、生命保険請求の証明にはなるということです。そもそも保険会社が保険金支給対象者を絞り込んだことで、保健所の業務は落ち着いているようです。 

 
 このように市民の人権を制限するという事は、行政機関の事務手続きは煩雑を極めるという、ある意味当然の事なのですが、余りの数の多さにその感覚が少し麻痺していたように思います。  つづく