元保健所職員の新型コロナ対応奮闘記 番外編
5月8日から五類感染症とかわり、様々議論がありますが、世間的には日常の観光などに、大勢の方が出掛け、賑わいを取り戻しています。今のところ、そのことでのリバウンドみたいなことは聞こえてきません。私の肌感覚ですが、陽性になっている方が周りにも見受けられるので、陽性者はやや増加している感じです。高齢者等の予防措置は重要でしょう。
横須賀市は「新型コロナウイルス感染症対応史」を5月に発行しました。実施した取り組みを、時系列にまとめた資料となっています。こうした資料をもとに、更に出来事とその時実施した対策を振り返るなど、今後の対策に活かしていって欲しいと思います。
また5類に変わったその日、横須賀市役所では、5月8日夜に市役所全体で、お疲れ様の意味を込めた、アルコール付きの打ち上げ会を大々的に催しました。職員全員に呼びかけた粋な計らいだと思います。ここで集団感染したらどうしましょ、という話しも出ていたようですが。
この切り替えをもって終了ではなく、お疲れ様でしたが今後に向けてはこうしましょう、という新たな目標に向かって欲しいと思います。
今回の番外編は、保健所の奮闘記ではなく、私の周りで起きた出来事について、本当のコラムのような形で想ったことを綴らせていただきます。
横須賀での外国人対応
どの地域でもそうですが、日本語が喋れない外国人からの相談は、最低限の会話が出来ないと絶対に無理です。私は当然に無理ですので、電話が掛かってきたら、喋れる職員を探しに所内を駆けずり回りました。さすが最近就職した若い方は結構喋れる方が多いです。そういう状況なので、保健所内の外国語が出来る若い方達は、対応の仕方などを相談し合うようになり、その中で一組のカップルが誕生しました。職種が違い、普段なら仕事上の会話は無い関係でしたが、そういう微笑ましい出来事もありました。
遺体のPCR検査
横須賀にある神奈川歯科大学には、神奈川剖検センターが設立されており、法医解剖を実施しています。多かったケースは、自宅でおひとりで亡くなっている方に、死因がコロナ感染症ではないか確認するため、解剖をする中でPCR検査のための検体を採取していただき、私たちがこの検体を横須賀市のPCR検査が出来る検査所に搬送するという仕事です。横須賀市以外で亡くなった方も含まれるので、毎日のように検査依頼があった時期もあり、少なからず死後に陽性が判明するケースが存在します。まさに公衆衛生の基本的な業務で、感染の広がりや、危険性のバックデータを把握するという事です。直接お話を聞くことは出来ませんが、亡くなられた方のご遺族が、どのようなお気持ちで解剖を承諾されたのかと思うところです。死体を解剖する、という文化が日本人には乏しく、病理解剖に抵抗感もあるのではないかと思います。ですが、公衆衛生の観点からは、データを取得し情報を共有させて欲しいという考えになり、ご遺族とは相反関係が生じると感じました。
遺体の火葬法 納体袋
当初芸能人が亡くなられた時、お葬儀でお顔も見ることが出来ないという話しがあり、悲惨な死を遂げた、という印象が強まったのではないかと思います。これは、遺体から列席の親族、火葬業者等に感染する恐れがあるので、納体袋に入れたまま火葬しなさいという、厚生労働省のガイドラインがあったからです。それが、今年1月6日にやっと改正され、「遺体からの感染リスクは極めて低い」と判断を変更して、納体袋は使用しなくて良いと通知しています。これも日本人が思う、遺族の気持ちや宗教観的な問題だと思いますが、どうしても公衆衛生的な観点や行政としての対応は、安全側に判断が傾くことが多く、相反関係が生じました。
面会の制限
これは個人の経験ですが、昨年末に高齢の親族が、救急車の搬送先でコロナ陽性が判明したことがありました。救急搬送先の病院は、コロナ病床は持っておらず、横浜市の大病院にそのまま救急車で搬送、2日間でその大病院から中規模病院に転院、コロナの療養期間はとっくに経過したものの、誤嚥性肺炎も悪化して状態は良くなりません。入院期間も限界となり、退院したものの、退院日の夕方には血中酸素濃度が低下して、同じ病院に再入院(再入院はコロナではなく肺炎)となり、その後も予後は悪く、病院をその後2か所転院し亡くなりました。その間本人に会えたのは、転院の際に救急車に乗るときの移動の廊下でと、亡くなった病院で、最後時間にベッドサイドで一人ずつ親族が面会した時だけでした。病院のソーシャルワーカーさんたちも、この状況には苦悩したと伺っております。どうして家族が面会出来ないのか、という単純な話です。オンライン面会をしたりと、工夫をして対応していただきました。最後の時間をともに過ごせなかったことが、残った家族の心にどのように刻まれるのか分かりませんが、家族に対し、人権の制限にあたる「面会禁止」という措置を社会がしているという事はしっかりと認識しなければならないと思います。
保健所のこれから
このコロナ対応では、全国的にも目立つ知事さんの対応がクローズアップされたり、国の対応への批判をしたり、横須賀市も神奈川県に先駆けて○○な対応をした等、独自性を発揮して市民にアピールをしたくなるようです。それ自体は悪くないですし、個人の生命の危険が無ければ、行政サービスを積極的に行うという事は正しいと思います。ただ、先程から申し上げているように、そこには少なからず人権の抑制というものが存在しているという事です。評論家と違って、行政の対応には社会的な大きな責任があり、歴史的に大きな過ちを繰り返してきました。保健所で言うと優生保護法等(国の過ちが大きいですが)です。そういう意味から、このコロナ禍を経験して、保健所の力量をもっとつけなければならない、と私は痛感しています。特に最前線の現場職員が、心があり、かつ最も適切な対応を、ひとり一人がいかに選択出来るか、こうした事態では問われます。そのための力量をつけることは、きちんと国も主導して体制を整えて欲しいと思います。そして、カミュの「ペスト」の主人公リウーの、「ペストとたたかう唯一の方法は誠実さということです。誠実さとは自分の仕事をまっとうすることです」という言葉を胸にして、みんなが誠実に頑張って欲しいと思います。 元保健所職員・応援団 森田洋郎(おわり)